私が市長時代「日本一のくじらのまち」を目指し下関市鯨類研究室を開設しました。初代室長に元日本鯨類研究所で永年調査捕鯨の船団長を務めた獣医師の石川創さんをお迎えしました。あるとき石川さんから長いお手紙を頂きました。それによるとIWC国際捕鯨委員会下関大会の準備で何度も下関市を訪れた。
そして下関の町が大好きになりました。ついては中尾市長がくじらのまち日本一を目指されているので、そのお手伝いをしたいという内容でした。詳しくお聞きすると永年務めた鯨類研究所を退職して下関でくじらに関わる仕事がしたいというものでした。石川さんのくじらへの情熱、そして下関のファンという熱意に感激し、新たに設立した鯨類研究室室長としてお迎えしました。奥様、小学生のお子様も一緒に下関市に移住されました。研究室では様々な活動を実践されました。市民講座をはじめ、全国規模での研究活動、調査報告。下関くじら食文化を守る会事務局長として会報「いさな」のとりまとめ等、和仁会長の片腕として活躍しました。私が市長退任後、研究室は閉鎖となりました。しかし後任の前田市長も「くじら日本一のまち」を掲げているので研究室閉鎖の話を聞き、前田市長に石川さんが下関へ来られた経緯や今後の取り組みなど申し入れました。前田市長は大切さを理解し下関市として遺留しましたが時すでに遅く、石川さんは次の職場を求め和歌山県のくじら飼育関係会社に家族とともに引っ越しました。本市にとって残念なことでした。その石川さんが本市に滞在時「クジラをめぐる冒険」という本を出版しました。内容はくじらに関することが平易に記されています。下関くじら食文化を守る会として会員の出版物であるので石川さん、和仁会長、食文化を守る会役員とともに市役所を訪問、市長、教育長に贈呈しました。今回のくじら百話作成に当たり貢献のあった石川さんのことを忘れてはいけないと考え「クジラ豆知識」として時々紹介することとしました。
「はじめに」で日本人は江戸時代の頃から令和の時代になった現在も捕鯨を行いクジラを食料として活用している。クジラを捕って利用したということなら、その歴史は縄文時代までさかのぼります。
2019年、日本はIWC国際捕鯨委員会を脱退して日本近海で商業捕鯨を再開することを決めました。でもヨーロッパの多くの国々やオーストラリアなどは捕鯨に強く反対しています。一方で同じヨーロッパでもノルウェーやアイスランドは日本と同じくクジラを捕っています。クジラを捕る国と捕らない国は、クジラについてそれぞれどう考えているのでしょう?そもそもクジラとはどんな動物で、人間との関わりはどのような歴史があるのでしょうか。皆さんがクジラや捕鯨について関心を高めて頂ければ嬉しいです。