新しい年を迎えました。年齢のせいもあるかも知れないが新年を健康で迎えることができたことに感謝の気持ちが年々強くなる気がしている。
新しい年の初めにくじらとの関りを調べてみました。
(1)自然の摂理「大は小に支えられ、小は大に守られる」
年末にくじらのような大きな命とシラス・小魚・豆のような小さな命を同時に頂くのは1年を無事に終えられたことへの感謝と自然の全体像を身体で受け取る意味があります。
(2)神事における「全体をいただく」という考え方
神社の直会は神様にお供えしたものを人々がいただくことで神と人、自然と人を結びなおす行為です。大と小を食べることは1年の営みのすべてを丸ごと受け入れ、新しい年へ引き続く所作なのです。
(3)経済的意味合いと、繁栄と基礎の両立
大きな物・繁栄、力、表の成功。小さな物・基礎、日常、裏方、継続。
どちらか一方では、物事は長続きしません。両方を口にすることで「来年も成果だけでなく土台を大切にする」という誓いを無意識のうちに立てているのです。
次に年始に「くじらとシラス等」を一緒に食べる言われは同じ大と小を食べる行為でも意味合いが少し異なります。
(1)年始は「これからの1年」を願うための大と小
年始の食は「過ぎた1年」ではなく「これから始まる1年をどう生きるか」を神様に誓う意味があります。大きなもの「くじら、ぶり」は大きな願い、発展、繁栄、志。小さなもの「シラス・田作り」は基礎、日常、堅実、積み重ね。大きな志を持ちつつ、小さなことを怠らずに生きますという新年の誓いなのです。
(2)正月料理そのものが「大と小」の構造
おせち料理はまさにこの思想の集合体です。大「くじら、ぶり」出世・成長・めでたさ。小「田作り、小魚」五穀豊穣・基礎産業の繁栄。餅(大きく伸びる)発展。黒豆(小さく堅実)勤勉・健康。
つまり正月は、大と小を同時に口にする儀礼の連続です。
(3)神社における年始の意味合い。
神社の年始行事では大きな供え物とともに米・塩・小魚などの質素で小さな供え物が必ず並びます。これは小さな営みを大切にします。その結果として大きな実りをいただきますという神前での約束です。
年末と年始の違いを一言でいうと、年末に大と小をいただくのは「感謝」のため、年始に大と小をいただくのは「誓い」のためです。